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大阪地方裁判所 昭和40年(ヨ)1898号 決定 1965年10月14日

申請人 真鍋峰子

被申請人 東洋敷物株式会社

主文

一、被申請人は申請人を被申請人の従業員として取り扱え。

二、被申請人は申請人に対し昭和四〇年五月一三日以降毎月二六日限り一ケ月金一四、七〇一円の割合による金員を支払え。

三、申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

一、争いのない事実

被申請人会社(以下会社と称する)は各種敷物の製造、販売を営業目的とし、肩書地に本社、工場、東京、名古屋に出張所を有し、従業員約四七〇名を雇傭している。申請人(昭和二二年三月三〇日生)は福岡県久留米市津福今町の出身で、昭和四〇年三月久留米市所在の久留米経理専門学校を卒業し、同月一五日女子工員として会社に雇傭され、以後会社寮に居住して前記工場に勤務していた。会社は申請人に対し、昭和四〇年五月一二日書面をもつて、就業規則三条(新たに採用した者については二ケ月間を試用期間とする。会社は試用期間中に採否を決定する。不採用のものは意見を申し出ることはできない。)により採用取消の意思表示をなした。

二、申請人の訴訟能力

被申請人代理人は、申請人は未成年者であつて訴訟能力を有しないと主張する。しかし、労働基準法は、未成年者の労働契約に関し、親権者、後見人等が、未成年者を犠牲にして不当な利益を図る事例の存した歴史的事実に立脚し、かかる親権等の濫用から未成年者を保護するため、法定代理人が未成年者に代つて労働契約を締結することを禁止し(五八条一項)、また未成年労働者に独立して賃金を請求する権限を認め(五九条)、反面法定代理人は労働契約が未成年者に不利益である場合にこれを解除(告知)しうる(五八条二項)に過ぎないものとしているのであつて、このような労働契約に関する法定代理権の制限、未成年者の行為能力保障の諸規定の内容、それが未成年者の労働契約関係において果す機能に照して考えれば、未成年者も、法定代理人の同意を得て労働契約関係に立つた以上、民事訴訟法四九条但書の未成年者が実体法上独立して法律行為をなし得る場合として、右契約関係をめぐる紛争(賃金請求を含めて)を前提とする訴訟において、訴訟行為能力を有するものと解すべく、その反面法定代理人は訴訟行為をなし得ないものと考えるのが相当である。

三、試用期間の性質

会社就業規則には、新規採用者の地位につき前記の如き規定がなされているところ、疏明資料によれば、従前会社では、新規採用者が採用を取消されることなく、二ケ月間を経過した場合には、特段の手続を経ず自動的に本採用者として取扱われていたことが認められ、この点を併せ考えれば、会社は新規採用者との間で当初より期間の定めのない労働契約を締結するが、ただ二ケ月間は新規採用者の労働能力の適否を判断し、不適格と認める場合には採用取消の形式で一方的に雇傭関係を解消し得る権限を留保しているものと考えるのが相当である。

四、不当労働行為の成否

疏明資料によれば、(1)会社の従業員は、従来労働組合を組織していなかつたところ、総評全国一般大阪地連の指導で、昭和四〇年三月二八日、堺敷物産業労働組合東洋敷物支部(同年四月六日総評全国一般大阪地連東洋敷物労働組合と改称以下組合と称する)が結成され、従業員約三六〇名がこれに加入したこと、(2)そして翌三月二九日、組合は会社に対し、組合結成通告を行うとともに、組合の自主性の尊重、唯一交渉団体としての承認、組合事務所の供与等の基本要求に加えて賃金の大巾引上げ等三〇数項目にわたる労働条件改善に関する具体的要求を掲げ、これにつき団体交渉を開くよう要求したこと、ところがその際会社側が当日は外国百貨店との商談を行う都合上団体交渉に応じられない旨回答したのに対し、組合役員を中心とする相当数の組合員が会社側職員の制止を無視して社長室に立入り、在室の社長、副社長に団体交渉の開始を強く迫り、社長等の退去要求にも応じる気配がなかつたため、社長等も止むなくこれに応じるという出来事もあつたことから、会社側の態度を硬化させ、また組合に対する警戒心を強めさせる結果となり、同日および同月三〇日、三一日と団体交渉が開かれたものの、労使双方の正常な交渉態勢さえ確立されず、話合いは殆んど進捗しなかつたこと、一方組合側は会社の態度を団体交渉拒否であるとし、四月一日以後時限スト、座込み、ハンスト等の争議行為を行つたが、創成期の組合のこととてその統制も不十分であつたため、会社内に必要以上の混乱を生じる結果となり、同月五日以後は一応正常な形で団体交渉が行われるようになつたものの内容的な進展は殆んどみられず、そのうち同月二一日、前記組合結成直後の組合役員等の行為に就業規則に違反するものがあつたとして、解雇を含む懲戒処分が行われるに及び、双方の不信感はつのるばかりであつたこと、(3)前記組合結成後数日を経た同年四月五日、会社内に組合に対抗する組織として、従業員一〇〇余名で全国繊維産業労働組合総同盟東洋敷物労働組合(以下第二組合と称する)が結成されたが、その主体は同年三月和歌山、九州方面から入社した中学、高校新卒者約六〇名、大学新卒者約二〇名のほかは会社の職制的地位にある者が殆んどであつたこと、右中学、高校卒の新入社員の中には当初組合に加入したが、四月二日より行われた鳥取県下の会社下請工場における実習の際、会社職制より第二組合への参加を強く求められたのに応じてこれに加入したものが相当数あること、第二組合は結成と同時に組合に対する切崩し工作を積極的に進めたが、その手段として後記の如く第二組合が会社より優遇されていることを宣伝する一方、従業員の出身地に赴き父兄を説得しこれを通じて組合より脱退させ、第二組合へ加入させるよう努めたこと、ところがその過程において、従業員の出身地より「ハハキトクスグカエレ」「チチニユウインスグカエレ」等の虚偽電報を発し、これに驚いて帰郷した組合員を父兄をして説得させ、第二組合に加入させる等極めて常軌を逸した行動もみられたこと、(4)ところで、会社は右第二組合に対しては、前記組合に対する態度と異り、当初よりこれとの団体交渉に積極的態度で臨み、程なく賃上げ一率二、〇〇〇円是正分九〇〇円等の内容で妥結し、さらに組合事務所、掲示板の供与等の便宜を与えたことから、四月八日組合より大阪府地方労働委員会へ組合に対する差別待遇の停止等を内容とする救済申立がなされ、同月二十七日同地労委より、とりあえず賃金につき第二組合と同様の支給をなすようにとの要望書が発せられたこと、また前記第二組合の組合脱退工作についても十分認識しながら、前記虚偽電報に応じて相当数の従業員が帰郷するのを黙過していたこと、(5)前記の如き第二組合の脱退工作等のため組合の組合員数は急激に減少し、五月中旬には八〇数名となつたことが認められる。以上の事実に照して考えれば、会社は組合に対しては、当初よりの斗争的性格の故に拒否的態度をとる一方、組合に対抗する組織として結成された第二組合に対しては許容的で、その組織拡大を支援する態度であつたものとみるのが相当であり、さらに両組合の勢力比についても重大な関心を抱いていたことも推認するに難くないところである。

そこで申請人に対する採用取消の経過をみるに、疏明資料によれば、(1)申請人は前記入社後所定の教育訓練期間を経て、三月末頃フツク課フツク製織部門に配属されたが、その作業内容は重さ約四瓩のフツクミシンを両手に抱えて敷物基布に各色の純毛糸を植付け刺しゆうを行うものであつて、仕事自体年少の女子にはかなりの重労働である上、申請人は入社後間もなく堺市内の経理専門学校夜間部に入学した事情もあつて、上司に対し他の職場への配置換の希望を申し出た結果、四月一九日よりアキスミンスター課セツチング係(糸巻工)に配置換となり勤務していたこと、(2)申請人は、組合結成と同時にこれに加入していたが、四月末よりの連休に帰省した際、申請人と同様前記久留米経専を卒業して会社に入社していた申請外江藤マツ子、藤浦勝子の両名とともに、母校の高田教諭を訪ねたところ、その数日前同校を訪れた会社アキスミンスター課西田班長(第二組合員)から組合脱退勧誘方を依頼されていた同教諭より、組合にとどまることの不利を説明され、第二組合加入を強く勧められたこと、そして申請人が五月六日帰寮し、同月八日出勤したところ、会社角勤労課長より同月一〇日前記江藤、藤浦とともに会議室に集るよう指示され、一〇日朝指定された会議室に三名揃つて参集すると、同課長は「学校の先生は組合のことに関して何も言われなかつたか」と尋ね、申請人が第二組合へ加入するように言われた旨答えるや、早速組合の話を始め、「中立にならないか」とか「第二組合に入れば給料も上るが第一に残つていると永久に今のまましか払わない」など申向け積極的に組合脱退、第二組合加入を勧誘し、またその際申請人が第二組合の様子が判らない旨言つたところ、同課長は第二組合の池田執行委員を入室させ、同執行委員は申請人らに第二組合についての説明をなした上これへの加入を求めたこと、しかし申請人らは右角課長に対して組合脱退の態度を明かにせず、また池田執行委員の勧誘にも結局応じなかつたこと、その後間もなく前記角課長は申請人および江藤、藤浦に対する採用取消の上申をなし、同月一二日前記申請人に対する採用取消が発令され、また江藤、藤浦両名に対する採用取消もなされたことが認められる。そしてこのような採用取消に至る経過に前記会社が両組合に対しとつていた態度を併せ考えれば、本件採用取消の意思表示は、申請人が会社の嫌悪する組合に加入し、前記説得にもかかわらずこれを脱退しなかつたことに対する報復としてなされたものと認めるに十分なものといわなければならない。(なお疏明資料によれば組合に止まつている新規採用者で採用取消を受けなかつた者も存することが認められるが、この点も右認定に支障を来たすものではない。)被申請人代理人は、会社が本件採用取消をなしたのは、申請人が現場勤務の約束で就職したのに、常に現場労働について不満や苦情を述べ、事務系への配置換を要求したこと、勤務中雑談が多く技能の向上習熟もみられなかつたこと、上下の列を弁えず製造部長にまで直接配置換を要求し、勤務態度につき度々注意を受けてもこれを改めず、会社の計画した四国系列会社へ代行実習への参加を拒否するなど会社秩序に対する親和性、協調性に欠けていたこと、早退が多くまた職場離脱がはげしく、さらに無断欠勤数日を数えたこと等を理由とするものであると主張する。しかし、疏明資料を検討すれば、申請人が製造部長等に配置換の希望を申し出たことはあるが、これは前記の如く当初配置されたフツク課の作業が年少の女子にはかなり重労働であり、夜間通学の便宜をも考えてなしたもので、現場労働を殊更嫌悪して事務系への配置換を要求したものではないこと、また採用取消までの約二ケ月の間五日の欠勤をなしたことがあるが、右欠勤は四月末よりの連休に帰省した際のもので、これについては所定の欠勤届こそ提出しなかつたが直属の班長にはその旨申し出ており、寮には外泊届を提出していることが認められその他申請人が前記フツク課配属中技能の上達が不十分であつたこと、勤務中雑談していて上司から注意を受けたこともあること、数回早退していること、四国系列会社における実習に参加しなかつたこと等の事情は存するが、直ちに従業員としての適格性を全面的に否定しなければならない程重大なものであつたとは認め難く、その余の被申請人主張事実を認めるに足りる疏明は存しない。かえつて、本件においては、申請人は前記の如く連休に帰省した以外には欠勤もなく通常の勤務をなし、その間格別の事故を惹起したこともなかつたことが認められるのであり、また前記の如く五月一〇日角勤労課長に呼ばれた際にも申請人の勤務態度について特別の注意もなく、欠勤についてこれを難詰されることもなかつたことからみて、会社側が申請人の適格性につき真に憂慮していたか多分に疑問が存するものといわざるを得ず、これらの点をも考慮すれば、前記の如く申請人の勤務態度に若干欠ける点があつたとしても、それが本件採用取消の真因であつたとは到底なし難いものと考える。

右のとおりであるから、本件採用取消の意思表示は不当労働行為として無効であり、申請人は依然として被申請人の従業員としての地位(前記試用期間の経過後は本採用の従業員としての地位)を有し、またこれに対する賃金請求権を失わないものと結論するのが相当である。

五、仮処分の必要性

疏明資料によれば、申請人は郷里を遠く離れて就職し、会社寮に居住して来たものであるところ、本件採用取消後、被申請人において従業員として取扱わず、賃金の支払を拒んでいるため有形、無形の不利益(就中、郷里に在る母には申請人の生活費を送金する資力もないため、組合の支援を受けているがこれも十分ではなく、生活に窮していること、寮への居住についても当裁判所の仮処分により辛じて現状を保持していること)を受けていることが認められ、本案判決の確定をまつていては回復し難い損害を蒙ることが明かであるから、申請人に対し被申請人の従業員としての地位を仮に定めるとともに、被申請人に、申請人が本件採用取消当時受けていた賃金相当額の金員を本件採用取消の翌日である昭和四〇年五月一三日以降毎月二六日限り(疏明資料によれば、申請人の賃金は一ケ月一四、七〇一円であり、その支給日は毎月二六日限りであつたことが認められる)支払うことを命じる仮処分の必要性を肯定せざるを得ない。

六、結論

以上の次第で、本件仮処分申請は理由があるから、保証を立てさせないで、これを認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 弘重一明)

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